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『人生の教養が身につく名言集』から人生を「愉しく、味わい深く生きる」知恵を知る

コウカワシン

こんにちはコウカワシンです。

今回は、出口治明(でぐち・はるあき)さんの著書『人生の教養が身につく名言集』から学ばせていただきます。

出口治明さんは、ライフネット生命の創業者で現在、立命館アジア太平洋大学で民間初の学長を務められています。著作も多く、そして週に5、6冊は本を読む読書家でもあられます。

本書は冒頭にある❝名言を知るー人生を「図太く、賢く、面白く」生きる法❞のごとく、本を読んだり、人から話を聞いたり、旅に出たりする中で、さまざまな新しい気づきを得て、自分の中の「知っていること」、つまり「自分の辞書」を増やそうというコンセプトで書かれた本です。

そして本書は、amazonの本読み放題サービス「キンドルアンリミテッド」の対象になっています。

amazonの本読み放題サービス「キンドルアンリミテッド」は、ビジネス書からマンガまで幅広いジャンルの本が読み放題です。ぜひこの機会にご検討ください。

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目次

『人生の教養が身につく名言集』は誰におすすめか?

本書はこのような人におすすめです。

『人生の教養が身につく名言集』がおすすめな人

  • 学ぶことが好きな人
  • 歴史が好きな人
  • 座右の銘を探している人

『人生の教養が身につく名言集』はどんな本?

本書の目次

『人生の教養が身につく名言集』

はじめに 名言を知るー人生を「図太く、賢く、面白く」生きる法
1章 人生について考えが深まる名言集
2章 人間関係の心得を教えてくれる名言集
3章 読むだけで「考える力」がつく名言集
4章 より賢く生きるための名言集
5章 「仕事の極意」を教えてくれる名言集
6章 「生きる知恵」を教えてくれる名言集

著者の紹介

出口治明(でぐち・はるあき)

1948年生まれ。三重県出身。

ライフネット生命保険株式会社代表取締役会長。立命館アジア太平洋大学学長。

京都大学法学部を卒業後、1972年、日本生命保険相互会社入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当する。
ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て同社を退職。

2006年にネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。
2008年、生命保険業免許取得に伴い、 「ライフネット生命保険株式会社」 に社名変更。
2013年より、代表取締役会長 。
2018年、立命館アジア太平洋大学の4代目学長に就任。同大初の民間出の学長となる。

おもな著書

最後の講義 完全版 適応力 新時代を生き抜く術/主婦の友社 (2021/3/1) 
自分の頭で考える日本の論点/幻冬舎 (2020/11/26) 
哲学と宗教全史/ダイヤモンド社 (2019/8/8) 
還暦からの底力―歴史・人・旅に学ぶ生き方/講談社 (2020/5/20) 
教養としての「地政学」入門/日経BP (2021/2/25) 
「教える」ということ/KADOKAWA (2020/5/1)  
座右の書『貞観政要』/KADOKAWA (2019/12/7) 
僕が大切にしてきた仕事の超基本50/朝日新聞出版 (2019/5/13) 
働く君に伝えたい「お金」の教養/ポプラ社 (2016/1/13) 
歴史を活かす力/‎ 文藝春秋 (2020/12/17) 
人生を面白くする 本物の教養/幻冬舎 (2015/9/30) 
生命保険入門 新版/岩波書店; 新版 (2009/12/22) 
直球勝負の会社/ダイヤモンド社 (2009/4/9) 
仕事に効く教養としての「世界史」/祥伝社 (2014/2/25) 
「全世界史」講義/新潮社 (2016/1/18) 
「働き方」の教科書/新潮社 (2017/3/29) 

本書の内容

『人生の教養が身につく名言集』は、ズバリ!「名言を武器に人生を図太く、賢く、面白く生きよう」です。

amazonの書籍紹介より

「図太く」生きる。「賢く」生きる。「面白く」生きる。
ビジネス界随一の読書家が厳選。人生の達人たちの「処世訓」

ビジネス界随一の読書家が、古今東西の名作、名著の中から「人生の教養が身につく名言」を一挙紹介!

「名言」とは、教養を一言にシンボライズしたもの。歴史の風雪に耐え、今の時代まで生き抜いてきた「本物の知恵」、
それが名言なのです。そこで語られていることは、あらゆる人生の「本質」を突いている――。

・人生の楽しみは「喜怒哀楽の総量」
 「人間は死ぬまでは、幸運な人とは呼んでも
 幸福な人と申すのは差し控えなければなりません」(ヘロドトス)

・誰もが、そこそこに善良で、そこそこにずる賢い
 「不思議なものは数あるうちに人間以上の不思議はない」(ソフォクレス)

・「偶然」を大切にする人を運がいいと呼ぶ
 「すべての真の生とは出合いである」(マルティン・ブーバー)

人間関係、仕事、遊び心、家族、別れ・・・・・・人生を「愉しく、味わい深く生きる」知恵が凝縮した1冊!

コウカワシン

本書は、古今東西の名作・名著の中から、出口さんの解釈を交え「教養」として「人生を面白おかしく、ワクワクしながらいきるための知恵」として紹介された内容になっています。

本来、「教養」とは「人生の選択肢」を広げるものです。

人生の彩りを豊かに、ワクワク愉しくしてくれる・・・そういった人生を送りたいと思ったら、教養を身につけるべきですよね。

『人生の教養が身につく名言集』の要点

名言とは、歴史の風雪に耐えて、今の時代まで生き抜いてきた言葉です。時間と空間を超えて、多くの人たちに「これは面白い」「これは真実だ」「これは覚えておこう」と支持され語り継がれてきました。

「巨人の肩に乗っているから、遠くを見ることができる」

過去の賢い人が残した研究成果などを「巨人」にたとえ、その力を借りれば、より広く、より深く、より遠くまでこの世界を見ることができるというこの言葉は、12世紀の哲学者ベルナール・ド・シャルトルの名言です。

つまり、現代に生きる我々は、一から研究することもなく、現在に伝わる名言・知恵から、脇道に反れることなく早く正解に近づけるということです。

本書では、出口さんの解説も踏まえ、とてもわかりやすく面白く学ぶことができます。

コウカワシン

その中から、わたしの独断と偏見で、名言を6つほど、あげさせていただきます。

よく笑い、よく眠る。悩みの7割はそれで解決

君たち人間ってのは、どうせ憐れなものではあるが、ただ一つだけ、こいつはじつに強力な武器を持っているわけだよね。つまり、笑いなんだ」

(マーク・トウェイン『不思議な少年』)

笑いこそ、人間が持つ「唯一、かつ強力な武器」

『トム・ソーヤの冒険』で知られるアメリカの作家、マーク・トウェインが最晩年に書いた『不思議な少年』は、それまでの彼の作風とは違い、なんとも暗く、気が滅入るくらいにどこまでも絶望的だといいます。

その絶望的な作品の中で作者は

「笑いこそ、人間が持つ唯一、かつ強力な武器」

と述べているのです。なぜこのような作品を書いたかは、不幸が重なった晩年のマーク・トウェインの人生観がにじみ出ているかもしれないとのことです。

それでもマーク・トウェインは、苦難の人生の中にあっても「笑い」の力を認め、この物語で徹底的に人間を否定し、嘲笑しつづける主人公に「笑いは人間が持つ唯一の武器だ」と言わせているのです。

歴史を見ても、人々は「笑い」の持つ、とてつもないパワーを認め、そしてそのパワーに脅威を感じ、宗教をもって封じ込めようとしてきました。

宗教とは「貧者のアヘン」ともいわれますが、不幸な人たちの心を癒すのが宗教です。ですが、その宗教をしのぐパワーを持っているのが「笑い」なのです。

非常事態ではまず「しっかり寝る」

非常事態なのに「しっかり寝る」とは、いったいどうことなのか?とお叱りを受けそうですが真意はそうではありません。

例として東日本大震災をあげさせていただきます。

東日本大震災では、あまりにも甚大な被害だったので、どの人も不眠不休で対応されていました。このことについては本当に頭が下がる思いでございます。

首相も例外ではなく、官邸のソファに寝泊まりをして、飲まず食わずで指揮をとっていらっしゃいました。これは本当にしんどいと思います。

非常事態においては、大将は、しっかりと眠り、たっぷり食べて、心身ともに健康な状態でいなければならない。そうでないと適切な判断ができません。

ところが首相はその真逆をされていたのです。「みんなががんばっているのだから、自分もがんばらなければならん」と思われたのでしょうね。

睡眠不足で、食事をロクに摂らなければ、イライラしますし、怒鳴りたくもなるし、大事な判断がブレやすくなります。それで国を左右する判断をしようとしていたのですから、今考えれば恐ろしいことだと思います。

たしかに大変なことを前にして尋常な気持ちでいられないのはわかりますが、ここは落ち着いて、しっかり眠り、しっかり食べて英気を養い、スッキリしたらゼロクリアして一所懸命働くのがいいということです。

不謹慎な物言いで申し訳ないのですが、人間は感情の動物です。仕事でもプライベートでも深刻にならない方がいいとも言われています。

真面目なことは良いことですが、落ち込むことがあったら、仲のいい友達や、あるいはパートナーとおいしいものでも食べて、ゲラゲラ笑って、あとはぐっすり眠れば、悩みの7割くらいは解消できます。

真面目に考えすぎて心や体に疲労を残すより、この方が断然、前向きになれるのではないでしょうか。

人を「鏡」にすると、自分が見えてくる

「困難なことは、自己自身を知ること。容易なことは、他人に忠告すること」

(「ギリシア哲学者列伝」タレスの言葉)

自分の顔は見えないが、人の顔ならよく見える

古代ギリシアの哲学者タレスの残した言葉に困難なことは、自己自身を知ること。容易なことは、他人に忠告すること」があります。

自分のことは一見簡単に知ることができそうですが、実はそうではなく人間は意外と自分を知りえていないと言います。それに対し、他人のことはよく見えるものです。

このタレスの言葉を自分の人生に活かすには、自分のリアルな姿を知るために他人からの的確な指摘を受けることが必要となります。

その「他人」とは、自分の姿を客観的に見てくれていて、耳が痛いことも遠慮せずに率直に言ってくれる人が理想ですね。いつもご機嫌取りの聞き心地のいい言葉をくれる人ばかりでは、自分のことを知ることはできないということです。

世界帝国を一代で築いた男は「言うこと」が一味ちがう

中国・唐の時代、第2代皇帝・太宗(たいそう)に仕えた名臣に魏徴(ぎちょう)という人がいます。

実はこの太宗は次男で、上に皇太子だった兄がいたのです。魏徴はもともと皇太子の教育係で、おっとりとした頼りない皇太子に「今のうちに弟を殺しなさい。さもないとあなたが殺されます」と助言し続けました。

しかし、皇太子は行動に移せなかったのです。案の定、「玄武門の変」(げんぶもんのへん)で、弟の太宗に殺害されます。その後、太宗は皇帝に即位。魏徴は、捕らわれます。

太宗は魏徴にこう問いました。

「私の兄に、私を殺せと毎日言い続けたのは、お前か」

これに対し、魏徴は答えました。

「あなたのお兄さんはアホな人でした。私はこうなることがわかっていたから、早くあなたを殺せと言い続けたのです。あなたのお兄さんがもっと物分かりがよく実行していたら私はこのように捕らわれることはありませんでした」

それを聞きましたが、太宗は魏徴を処罰しなかったのです。そしてこう言いました。

「お前は今後、オレのそばを片時も離れず、オレの悪口を言い続けてくれ」

と言い、彼を参謀にするのです。そして、魏徴が死んだとき、それを嘆いたと言います。

「人を鏡としてはじめて、自分の行為が当を得ているかどうかがわかるものだが、私は鏡とする人物を失った。もう二度と自分の本当の姿を見ることはできないのだ」

皇帝ともなれば、周りはゴマすりばかり。そこであえて自分の悪口を言ってくれる家臣をそばに置く。さすがに大帝国「唐」を築き上げた人は一味違うのです。

その後、太宗を尊敬していたクビライは、魏徴のような人物を探し続けたと言われているそうです。クビライもまた大モンゴル帝国を作り上げた人。

大きなことをやってのけるには、常に自分自身に厳しい事を言ってくれる人を欲する気持が必要ということですね。

「国語」で考えるな。「算数」で考えろ

「手に入れたデータをすべて使わないで、その一部だけに基づいて判断をくだす裁判官があるとしたら、我々はどんな評価をくだすだろうか」

(アルフレート・ヴェーゲナー「大陸と海洋の起源」)

「国語で考える」と現実が見えなくなる?

新聞とかで、「不景気だ」とか「日本が世界に比べて競争力が落ちている」とかの情報は、なんとなくわかると思いますが、それを数字で知っている人は何人いるでしょうか?

世界のリアルな姿を教えてくれるのは「事実」だけではなく「数字」も重要です。「数字」と「事実」をよりどころにして、その上に「論理」を重ねていくのが出口さんの思考の基本だそうです。

たとえば、増税論議において

日本の税収は約55兆円
歳出は、96兆円(ともに、2015年度予算)

この収支のアンバランスを国債、つまり借金で穴埋めしているのが今の日本の財務事情です。この現状を改善しないと財政はいずれ破綻するということで増税の必要性が指摘されています。

これに対し、あるエコノミストの意見として「景気がよくなれば税収が増えるから、増税よりもまず景気をよくすることだ」があります。でもこれの根拠はどこにあるのでしょうか。

このようなときに、「数字」化するとよくわかります。

たとえば、1989年のバブル期で日経平均株価が4万円近くまで上昇、地価の値上がりもすごくて、当時、東京の地価でアメリカ全土が買えるとまでいわれました。

日本経済にもっとも勢いがあった時代でしたが、そのときの税収が約60兆円(1990年度)です。バブルにわいたころの税収でも、今の約96兆円の歳出をすべてカバーすることはできません。

つまりは、景気が回復しても、現在の収支のアンバランスを解消することは難しいことは予想がつきますよね。このように「論理」と「数字」を組み合わせるとより良い判断基準になるということです。

「算数で考える」とリスクがコストに変わる

そして、「算数」で考える習慣を持つことは、行動力の強化にもつながります。

例をあげると、思い切った決断をすることに「清水の舞台から飛び降りる」ということわざにたとえたりします。

「清水の舞台」と聞いて思い浮かべるのはすごく高いということですよね。国語で考える人は、ただ単に「高いところから飛び降りたら死んでしまうかもしれない」とリスクとしてとらえます。

一方、算数で考える人は、「清水の舞台」の高さを数字に直します。「なんだ、2メートルしかないじゃないか」とわかれば飛び降りる行動に出られるかもしれません。

逆に「8メートルはあるな。これはやめておいた方がいい」と思えば、丁重に断るという行動に出られます。

つまり、

国語で考えるとリスクはいつまでもリスクのままですが、算数に直すとそれは「コスト」に転化しやすくなるのです。

コストとなれば、あとは損得もしくは可能か不可能かの判断基準が明確になり、決断も行動もしやすくなるのです。

迷ったら、やってみる

「一期一会」

(井伊直弼「茶湯一会集」)

人生から後悔をなくす考え方

人生は後悔の連続と言いますが、「やっちまったあ~」という後悔と、「あのとき、やっとけば良かったあ~」っていう後悔がありますよね。

出口さんは、ロンドンに赴任中、フランスでピカソの「ゲルニカ」で描かれている町に立ち寄るかどうかで迷ったあげく、「また来ればいい」と、そのときは立ち寄らなかったそうです。

その後、「ゲルニカ」の町には、一度も行けずじまい。もしあのとき、少々予定が狂っても立ち寄っていれば、「あのとき、行っとけば良かった」という後悔をせずに済みました。

このような経験から、「海外では、迷ったら行く。迷ったら買う」と決めたそうです。

そもそも「一期一会」(いちごいちえ)は、茶道の茶会に由来し、千利休の高弟・山上宗二(やまのうえそうじ)が言った「一期一度」が元になり、井伊直弼が『茶湯一会集』に残したそうです。

「時間はいくらでもあるから次の機会でもいい」とついつい思いがちですが、実はそうした機会って再び持つことが難しいです。今を逃すと、実は二度と会えない可能性の方が多いといえるでしょう。

だから、

一生に一度の機会と思って、ちょっとでも心が動いたら行ってみる。ちょっとでも心が動いたら買ってみる。

という姿勢が、人生には必要だと言われています。

これはどのような場面においてでも大事な考え方であると思いますね。

人はあなたの「言葉」ではなく「行動」を見ている

「ここがロドス島だ。ここで跳べ」

(「イソップ物語」)

行動を見るとその人の本気度がわかる

人とのコミュニケーションで大事なのは「言葉」ではなく「行動」です。

たとえば、職場で上司が部下に「君のことを大事に思っている」と熱く語ったとしても、その人が、時間を割きゆっくり面談もしなければ、2人で食事に行くこともしないのであれば、部下から見れば「あの上司は口だけだ」と思うはずです。

どの人でも、人間は自分のために時間を使ってくれる人が好きです。そしてその指標となるのが、実際の「行動」ですよね。口で、いくら立派なことを言ってもそれが「建前」で、行動が伴わないと、誰もその人を信用しないということです。

そもそも、人間は本気であれば簡単に行動に移せますよね。

その人が本気で好きならプロポーズしますし、受験でも本気で受かりたいなら必死で勉強します。ですので、上司の本気度も行動でわかるというわけです。

つまり、

「これが大切だ」とか、「こうしたい」といった思いが本当に腹落ちしていたら、自然と体がその方向に動く

ということです。

古代ギリシアの寓話集「イソップ物語」の中に『ほら吹き男』というお話があります。

『ほら吹き男』

しばらく旅に出ていた男が、旅先のいろんな町で、どれだけの偉業を成し遂げてきたかを、大声でいつまでも話していました。

「オレは、ロドス島に行って、そこで開かれたジャンプの大会で一番になった。そのとき、みんながロドス島にいたら、オレの大ジャンプが見られたのに残念だ」

すると、近くにいた人が言いました。

「よし、分かった。ここがロドス島だ。さあ、跳んでごらんよ」

そう言われて、このほら吹き男は、あわてて逃げていきました。

この物語の教訓は、「いくら口ではえらそうなことを言っても、行動しなければ何の意味もない」ということです。たとえ、そこがロドス島でなくても人は本気だったら行動できる・・・これは肝に銘じたい言葉ですね。

自然と頭を使う。自然と体を使う

「鉄が使用せずして錆び、水がくさり、また寒中に凍るように、才能も用いずしては損なわれる」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記」

使いさえすれば、鉄も体も錆びない

出口さんは、還暦を過ぎてライフネット生命を創業されました。そのせいか「出口さんの健康法は何ですか?」とよく聞かれるそうです。

ですが、出口さんは特に何かをやっているということはなく、「自己管理」と体と頭をよく「使う」ことを心がけていらっしゃいます。

なんでもそうですが、使わないとどんどん錆びていくからです。

「使うこと」の大切さについて、レオナルド・ダ・ヴィンチの 「鉄が使用せずして錆び、水がくさり、また寒中に凍るように、才能も用いずしては損なわれる」を例にあげられています。

でも、「使うこと」について、特別なことをしなくてもいいとも言われています。普通の生活を送ることこそが、自然に頭と体を使うことになるということです。

たとえば、最近では定年制を廃止した企業もあり、ずっと勤務を続ければ毎日それなりの分量の仕事をこなし、人と会話をしなければいけません。つまり、そのままの生活を続けるだけで頭と体を使うことになるわけです。

勤めていない場合でも、家事をしたり、人に会っておしゃべりをしたり、地域の活動をしたり、本を読んだり、旅に出たりと、日々、積極的に行動していれば、自然と頭と体を使います。

肝心なことは無理をしないことです。

たとえ体を動かすことが良いこととして、年甲斐にもなく無理な運動を始めるとか、自分のできること以上のものを求めてはいけないということです。

実際、出口さんも自社の陸上部に入ろうとして従業員の方に叱られたそうです。体を動かすといっても無茶をすれば、逆に健康を害しかねないからです。

動物である人間にとって、自然な形で頭と体を使っていくのが一番いい。不自然なことをやるのが、一番いけない。

ということですね。

日本は超高齢化社会に突入しています。この時代に適応するには健康寿命を延ばすことが大事です。健康寿命を延ばすために「頭と体を使う」ことがとても重要です。

『人生の教養が身につく名言集』感想・まとめ

人間には「教養」が必要!

「人間は感情の動物」と、先ほども申し上げましたが、知らないことが多いと心のコントロールも難しいものです。逆に知っていることが多いと心の安定につながります。

やみくもに知らないことを詰め込むことは、わたしにはできませんが、興味があることを中心に本などを利用して知識を増やし、教養の幅を広げていきたいと思います。

なによりも「巨人の肩に乗っているから、遠くを見ることができる」という言葉の重みを噛み締め、先人の知恵を余すところなく吸収したいものだなあと感じました。

今回紹介した名言の他にも「教養」として知っておいて損はないお話ばかりです。

ぜひどなたも一読する価値があると感じました。

コウカワシン

最後までお読みいただきありがとうございます。

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この記事を書いた人

四国在住。
ミニマリスト。趣味は映画観賞と音楽鑑賞、読書、野球観戦。
映画は特に好き嫌いなくほとんどのジャンルーを観ます。音楽はジャズとクラシックが大好きです。読書は歴史書が好きでよく読みます。

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