
こんにちはコウカワシンです。
今回は石戸奈々子(いしど・ななこ)さんの著書『賢い子はスマホで何をしているのか』から学ばせていただきます。




『賢い子はスマホで何をしているのか』はどんな本?
本書の目次
『賢い子はスマホで何をしているのか』
プロローグ 子どもにスマホは悪ですか?
第1章 なぜ世界の学校はデジタル化を急ぐのか(「読み、書き、プログラミング」の時代)
第2章 プログラミング教育のホントの意味(STEAM教育と新しい学び方)
第3章 「一歩進んだ子」はデバイスをこう使う(デジタルにしかできないこと)
第4章 子どもとスマホのいい距離感とは(0歳からのデジタル教育)
第5章 「学校」はこのままではいられない(未来の教育はどう変わるか)
著者の紹介
石戸奈々子(いしどななこ)
CANVAS代表。一般社団法人超教育協会理事長。慶應義塾大学教授・博士(政策・メディア)。
東京大学工学部卒。
大学卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。
著書に『デジタル教育宣言』『子どもの創造力スイッチ!』『日本のオンライン教育最前線ーーアフターコロナの学びを考える』等。
本書の内容
『賢い子はスマホで何をしているのか』の内容は?
2021年からプログラミング教育が必修化されたものの、子どもの教育の現場では、スマホやタブレットに触れることを一切よしとしない風潮があり、旧来の価値観が根強く残っています。
しかし、現在では誰もがデジタル化されたメディアに向き合う時代となっています。この社会に適応するには幼い頃からデジタルデバイスに触れ親しむことで拓かれる創造性が必要です。
これは決して無視できるものではなく、ここ最近のコロナ禍ではオンライン授業も有効に活用するなど、教育現場としてもデジタル化が必須になりつつあります。
著者は、「スマホは悪」という誤解を説き、これからのグローバル化に適応する手段として今までの「読み、書き、そろばん」から「読み、書き、プログラミング」という教育理念を掲げています。
『賢い子はスマホで何をしているのか』は誰におすすめか?
本書はこのような人におすすめです。
『賢い子はスマホで何をしているのか』はこのような人におすすめ
- 小学生を持つ親御さん
- コンピューターに苦手意識のある人
- ICTに興味のある人



コロナ禍で、オンライン授業が急務になった昨今。
ますます、一人ひとりにデジタルデバイスを持たせ、双方向のやり取りが必要になってきました。
これからの仕事や学校の在り方も変わる可能性が大きくなってきたので、どのような立場の人も知っておいて損ではないと思います。
そんな事情を知るのに最適の一冊です。
『賢い子はスマホで何をしているのか』の要点は?
デジタル化は、これからの社会に必要不可欠であり、それを支える人材、携わる人材、使える人材を教育することが急務であると言えます。
本書では、石戸さんがCANVASを通してやろうとしてきた改革、これから起きるであろう教育革命、世界的な学習変革などを学ぶことができます。



その中から、独断と偏見で要点を3つほど取り上げてみたいと思います。
これからは「読み、書き、プログラミング」の時代
暗記の価値が落ちる時代
これまでは「誰よりも速く計算する能力」や「誰よりもたくさん覚える能力」は高い評価を受けてきました。
それはこれまでの社会を支えるのにある程度の知識が必要だったからです。テストでも、知識をいっぱい頭に詰め込み、問題に対し知識の中からたくさん答えられる人が良い結果を出してきました。
ですが、もう時代は変わりました。
たとえ知らないことが出てきてもインターネットで検索すればすぐに答えが見つかり、知識を覚えていることが、かつてほど価値を持たなくなったのです。
しかも最近では、AIの発達がめざましく、誰でもできる仕事や事務仕事を人間から奪いつつあります。コンピューターにまかせたらはるかに速く正確でこなしてくれるのですから当然ですね。
つまり、これからの情報社会では、今までとまったく違う能力が求められるということで、それは常に変化する社会に臨機応変に対応していく能力です。
ICT(情報通信)技術が、加速度的に進化することで、社会の変化するスピードも速くなります。つまり「予想不可能」な社会にこれからの子供たちは生きていかなくてはいけないのです。
それは「決まった正解がない」ということであり、そのつど、「正解は何かな?」と考える必要があるのです。ときには正解がないケースもあったりで、安易に答えを出さず、結論を保留する判断力だって必要になります。
ですので、考えぬく力すなわち「思考力」が大事であり、その思考力を常に磨かなければいけません。つまりこれは大人になっても学び続ける能力が必要ということです。
ですので、これからの学校教育は「知識を一方的に授ける場」から「学び方を学ぶ場」に変えていかなくてはいけません。学び方さえわかれば卒業後、大人になってからも自分で学び続けることができます。
どんな職業の人にもプログラミングが必要になる
2020年から、学校でもプログラミング教育を開始することになり、「デジタル教育元年」となりました。
なぜ、学校教育で「プログラミング」なのでしょうか?
それはこれからの時代、野球選手であっても、コックさんであっても、大工さんであっても、コンピューターと無縁ではないからです。
どんな職業の人でも、機械にどんな指示を与えたら、自分の仕事をサポートしてくれるかを知っておく必要があり、プログラミングこそが万人に必要な基礎教養になるからです。
わたしの子ども時分は、基礎教養といったら、「読み、書き、ソロバン」でした。子どもの頃、習字教室やソロバン教室に通ったことが懐かしいです。
ですが、今では基礎教養として、「読み、書き、プログラミング」が、重要になってくると言われています。
「最新のデジタル技術が、子どもたちの学び方を抜本的に変える。デジタル革命は世界規模での学習革命を可能にする」とは、石戸さんも在籍したMITメディアラボのレズニック教授の言葉ですが、実に的を射た言葉ですよね。
日本ならデジタル教育先進国になれる
今までは、学校教育の現場でデジタル化することが世界に比べて立ち遅れていた日本。それは日本の学校教育がデジタル化を拒み、世界の潮流に取り残されてきたことを物語ります。
ですが、デジタル教科書の制度化、学校教育情報化推進法の成立、プログラミング教育の必修化、一人1台の情報端末と高速ネットワークの整備が整い、2020年は日本のデジタル教育元年となりました。
ようやくスタートラインに立てたところですが、日本はデジタル教育先進国になれると石戸さんは言います。その理由は、全国津々浦々に一定レベルの教育が行き届いている国は世界的に見ても数少ないからです。
日本では、国が学習指導要領を決めると、学校だけでなく、塾のような民間事業者までもがそれに沿った教材を作ります。そんな官民一体化した初等・中等教育をやっている国は、世界を見渡しても日本だけです。
つまり、号令ひとつでまたたく間に全体が変わる可能性が十分にあるということなのです。
それは工業社会において日本教育の成功例が実証済みであり、世界中の国が見本にしたほどです。しかしこれが、強烈すぎたため危機感がなく情報社会への対応に乗り遅れたと考えられます。
ですが、日本のポテンシャルは高く、「変えるんだ!」という共通認識を持ち続けられたら、いまからでもトップ集団に追いつき追い越すことは十分に可能だと石戸さんは言います。



これからは「読み、書き、プログラミング」という基礎教養を身につけることが必須になる。
それには、国をトップとして教育改革をすることが、今まで世界から立ち遅れていたデジタル化を加速させることができると言うことですね。
STEAM教育とプログラミング
アメリカのSTEAM教育
STEAM教育という言葉をご存知でしょうか?
STEAM教育
STEAM教育とは、5つの教科を横断して学ぶ教育手法のことです。
その5つの教科とは、
- 科学(Science)
- 技術(Technology)
- 工学(Engineering)
- 芸術・リベラルアーツ(Art)
- 数学(Mathematics)
を指します。人材不足の対応からアメリカで発祥しました。
日本でも、2020年には小学校、2021年には中学校でプログラミング教育が始まったことを受け、STEAM教育にも注目が集まっています。
実は1957年のソビエト連邦が人類初の人工衛星スプートニクを打ち上げたことに衝撃を受けたアメリカが「理数教育に力を入れなければ社会主義陣営に負けてしまう」と焦り、STEM(科学・技術・工学・数学)教育に力を入れるようになったのです。
そのSTEM教育という言葉が耳に入り出した時には、まだパソコンは存在しません。大型コンピューターしかなく、万人が学ぶものではなかったのです。
ですので、STEMにコンピューターサイエンスは含まれなかったのですが、オバマ大統領の時に「STEMにはコンピューターサイエンスも含まれる」と補足されるようになりました。
昔のSTEM教育と今のSTEM教育の違いは「コンピューターを念頭に置いているかどうか」ということで、それがちょうど「21世紀型スキル」「コンピューター科学者の思考法」「プログラミング教育」という言葉に注目が集まった時期に重なりました。
当初は、STEM教育に熱心でしたが、2000年代になるとAIやIoTが現実のものとなり、このままでは情報通信技術に携わる人材は不足するということでアメリカ政府も大幅に予算を増やしました。
そして、石戸さんのメディアラボ時代の指導教官ジョン・マエダ教授が2013年、STEMにアートをつけ足した「STEAM教育」が推奨され科学の論理だけではなく人間的感性も重要だという提言をされたのです。
どうして、STEMにアートなのか?
なぜかというと、それまではそれぞれの教科をバラバラに学んでいて、それを横に結び付けてこそ21世紀に通用するスキルになるという理念からでした。
石戸さんは、「アート」には「作る」というニュアンスも含まれているため、「作りながら学ぶ」ということを大切にしています。それは頭の中の想像だけではなく、アイデアを実際に形にしてみるということです。
実際に作ってみると、頭で考えていたアイデアの至らない部分に気づきますし、さらに新しいアイデアが生まれてくることにもつながります。
プログラミングは創造のツール
プログラミングというと、なんだか難しそうに見えて、専門家かそれを学ぶ人のものだけのもののように感じますよね。たしかにプログラムがないとコンピューターは動きません。
では、プログラミングで何を学ぶべきなのでしょうか?
「プログラミングとは創造のツール」という観点から見てみます。
プログラミングで「あんなことしたい、こんなことしたい」といった創造性とか自己表現をするためのツールとして考えてみたら親しみやすそうだとは思いませんか。
石戸さんは、「プログラミングこそが新しいものを生み出したいといった欲求を叶えるのに適したツールで、これほど有効な道具はない」と言います。
たしかに「プログラミング教育は論理的思考が育まれる」と言われていて、それが間違いではないのですが、そのような難しいことは置いておいて、「自分が作りたいものを作る」といった工作をする的な考えが必要だと思いますね。
そのうえ、図工で失敗したら最初からやり直す必要がある場合がありますが、プログラミングは、失敗の前の地点まで戻ってやり直せます。それは何度でもやり直せることを意味します。
試行錯誤の中には、たくさんの学びがあり、その試行錯誤の回数が多ければ多いほど、自分の血となり肉となるのです。
このプロセスを大切にする姿勢こそ「構築主義」とされ、「どのような失敗をしたか?、それをどう乗り越えたか?、誰からアドバイスをもらい、自分はどう考えたか?、そしてなぜそれを選んだか?」・・・これはないものにも代えがたい経験です。
こうした特徴から、「プログラミングこそ「作りながら学ぶ」ことに適したツールはない」と石戸さんは力説されます。
テキストではなくブロックを置いていく
プログラミングというと、なんだかわからない英語の単語や記号・数字が並んだものを想像しますよね。子供たちのプログラミング教育で使われている言語の中の一つに「スクラッチ」というものがあるそうです。
Scratch財団が運営する「スクラッチ」のサイトにアクセスしたら無料で使えます。ダウンロードする必要もなく、ウェブ上で動かせるのでネットにつながるパソコンやタブレットがあれば、どこでも簡単にスタートできます。
スクラッチにはさまざまなチュートリアルが用意されているので、まずはそれで遊んでみるとイメージがつかめるとのことです。
たとえば、「作る」タブをクリックすると出てくる「さあ、始めましょう」というチュートリアルでは、画面上のネコに命令を出して動かします。
画面が3分割されていて、右側の区画にあるネコを動かしたい、そのために、左側の区画にさまざまな命令のブロックが用意されています。
このなかから、出したい命令のブロックを選び、中央の区画に置いていく、あとは実行ボタンを押す。
これだけでプログラミングができてしまうということです。
積み木と同じで、簡単に積めて、簡単に崩せるから、何度でも試行錯誤できる。思うようにいかなければ、やり直せばいいだけというこの方法はなんだか小さな子どもの頃を思い出しませんか。
プログラミングのハードルはできるだけ低くし、まずは慣れ親しみ、経験を積んでから上のステップに進めばいいということですね。



プログラミングとは、想像を創造し形に実現するのに最適なスキル。
これは子どもだけでなく、社会人でも趣味と実益を兼ねるものになりますね。
未来の教育はこう変わる
休校で混乱した日本の教育現場
学校教育のデジタル化は、世界に比べて日本は格段に立ち遅れていました。それは教育現場が先生と生徒の対面授業にこだわり過ぎていたからです。
ですがコロナ禍で、事情が変わってきました。学校は休校になり、先生たちは毎日、各家庭へプリントを配布するのにてんやわんやになりました。
一人1台と高速大容量ネットワークが学校に整備されたあとなら、まだ良かったのですが、それを目前にしたところで遠隔授業の必要性が出てきてしまったのです。
では、海外の学校はどうなっているのでしょうか?
聞くところによると、スムーズにオンラインへ移行している国も少なくなく、先進国はもちろん、中国をはじめとするアジアの国々も同様で、マレーシアのインターナショナルスクールでは、完全に双方向のリアルタイム授業で、普通どおりの時間割を維持していたそうです。
中国の場合、テレビを使って、授業を一方的に流し、宿題などをデジタルで送られてきて、たいていの家庭ではそれを自宅でプリントアウトし、子どもが書きこんだものを写真に撮ってスマホで返信していたそうです。
アメリカではふだんからすべての学校情報がデジタルで送られてきて、コロナ禍の対応では、先生の授業を録画した動画をネットで好きな時間に見る形式です。
オランダでは、ふだんから一斉授業がないので、各自がプロジェクト型学習や、課題に取り組むといったことと、Zoomを使ったクラスルームが週3回、30分ほど行われます。
まあ、どの国のどのやり方が正解・不正解というわけでもありませんが、国や地域の教育方針にのっとって、それぞれが最適なやり方を考えている途中ということですね。
日本で住んでいながら、ロンドンの大学に通う
オンラインでの学習が進む先は、オンラインを使っての留学です。オンラインなら空間を飛び越えられます。日本に住みながらロンドンやボストンにある大学の講義を受けるということだって可能になります。
自動翻訳技術が発達すれば、日本の大学に通っているのと感覚的には変わりません。そりゃもちろん、まったく違う文化圏に住んで刺激を受けるという意味で、今までの留学の価値がなくなることはないでしょう。
しかし、授業を受けるという点では、国境の壁がなくなってしまいます。そして、学部の壁だって壊れていくと予想されています。経済学部の学生が、薬学やロボット工学などを学び、それにより就職先の選択も広がることでしょう。
そして時間的なメリットもあります。
学部ごとのカリキュラムに縛られ、キャンパス間の移動に時間がかかり、学部や学科を超えて取りたい講義が取れないということがオンラインでは取れるようになります。
それは、学生にとって「主体的な学び」の環境ができるというわけで、場合にとっては複数の大学に所属し、興味のある授業だけ受けることも可能になります。
「〇〇大学の△△学部です」通用しなくなる未来
「主体的な学びの環境」で、複数の大学に所属し、興味のある授業だけ受けた学生は、就職活動でも自己アピールするものが増えるというメリットまである可能性があります。
これまでの就職活動で「〇〇大学の△△学部です」と自己紹介すれば、面接官もなんとなくイメージが湧いたものですが、一人ひとりのカリキュラムが違う時代になると、そういう言い方は通用しません。
学んだ内容で自己紹介をする、たとえば「MITでコンピューターサイエンスの講義を取り、スタンフォードでデータサイエンスの講義を取り、東大で人工知能の講義を取り・・・」といった感じで自己アピールをします。
つまり、「学びのポートフォリオ(組み合わせ)」を見せてどのような能力があるかを判断してもらうというわけです。
今後の大学のあり方も変わってくると予想されます。
いまの大学は、学部ごとにカリキュラムを組み、ワンセットで年間授業料を受け取っていますが、この学び方が一般的になると授業ごとのバラ売りする形式になるかもしれません。
そうなった場合、もう、「どこの大学に所属しているか」なんて感覚はなくなっていくかもしれません。ということは大学という組織そのものの必要性が疑われてくるようになるということです。
大学側も学生が求めるスキルや知識、良質なコンテンツを作り、それを教える人間をそろえる必要があるということですね。「教える人間」というのも従来の大学教授と限らず民間の技術者や政府の役人、同世代の学生といったバラエティに富んだものになるかもしれません。
これは、石戸さんが日本私立大学連盟での講演で話されたそうで、一緒に登壇した学長たちから反論が出るかと思いきや「もう、そういう方向にいくしかないだろうね・・・」という反応だったそうです。
大学自体はなくならないにしても、大学を核としたコミュニティの場として、新しい価値を創造し続けることに価値を見出し、よい学びの場としての使命を果たしていくいうことになるでしょうね。



学校教育のオンライン化、学校・学部を超えた学びと交流、そして日本にいながらにして海外へ留学する・・・夢が広がりますね。
『賢い子はスマホで何をしているのか』の感想・まとめ
子供とともに親も学び続ける時代
これからの世の中はデジタル化され、子どもが社会に出るときに困らないようにデジタルデバイスを与えて、適応できるようにしてあげようと考える親御さんはかなりな数いると思います。
それが、世の中の流れであり、自然な対応だと思うからです。
でも、ご自身はいかがでしょうか?
人生100年時代です。「もう自分は・・・」なんて尻込みしていては、生きていけない世の中になるかもしれません。「できることは自分でする」は、もちろんのこと、こうなったら「簡単なプログラミング」くらいはやってみようといった姿勢が生き残るスキルになります。
もちろん、お子さんたちと一緒に学び「教え合う」といった親子関係って、すごく素敵ですし、お子さんたちも「何でも勉強する」という親の姿勢から学ぶことも多いと思います。
たしかにプログラミングだけが最適なスキルではないし、「一生安泰」とはいかないと思います。ほかに興味があることが出てくるでしょう。
けど、今後はその何ものにでも「プログラミング」は関わってくると思います。ですので、その知識だけでも知っておく価値はあるのではないでしょうか。
そういった意味で、読んでいただきたい一冊です。




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