❝教養❞は、仕事で、人生で、生き抜くための最強の武器になる。

こんにちはコウカワシンです。

今回、池上彰さんの『池上彰の教養のススメ』から学んでみたいと思います。

2012年、東京工業大学に新設されたリベラルアーツセンターに特命教授として着任された池上さんが、哲学の桑子敏雄先生、文化人類学の上田紀行先生、生物学の本川達雄先生を交え「教養」について対話されている様子を収められています。

理系のエリート集団である東京工業大学に「教養」を主とした課程が設置される理由などから「教養」というものがいかに大事なものであるかを示されています。

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目次

『池上彰の教養のススメ』から学ぶこと

『池上彰の教養のススメ』の目次

はじめに 一生使える「知の道具」を手に入れよう
1限目 教養とはなにか
2限目 日本に教養を取り戻す
3限目 社会的合意形成
4限目 無宗教国ニッポンの宗教
5限目 ナマコと人間の生物学
修学旅行 米国トップ大学の教養教育

本書の目的とターゲット

本書の目的

『池上彰の教養のススメ』の目的は、一生使える「知」の道具・・・つまり❝教養❞を手に入れて、人生を意義のある楽しいものにしようというものです。

本書のターゲット
  • 理系学生
  • 文系学生
  • 技術・医療・法律・経済などの専門職
  • その他の社会人
コウカワシン

教養は、老若男女すべての人が趣味と実益をかねて習得すべきだと思います。
いつからでも身に付けれます。

本書のポイント

教養を身に付ける本当の意味

明治維新以降、学校教育において「主」に置かれたのは、哲学や文学や歴史学といった教養でした。

旧制高校から帝国大学に進んだ日本のエリートたちにとって、教養は必須であり、教養こそが日本が短期間で高度成長を成し遂げる基礎となったのです。

それが戦後になり、経済成長を遂げ、バブルがピークに達した時、日本の学校教育は教養をないがしろにし始めます。

誰もが大学に行く時代になると「すぐに使える実学」が、重要視され、教養は「すぐに役に立たない、どうでもいい学問」になってしまったのです。

「専門科目」がもてはやされ、21世紀となったころ、世界が激変します。

東西冷戦が終わり、既存の金融システムが崩壊し、IT革命が起こり、新興国が台頭してきました。

ところがそんな急速な環境変化に対応できなかったのが、日本の大企業だったのです。

その頃の日本企業は、「それまでのルール」に則して「合理的」に格安でモノを作ったり、サービスを提供するのが長けていたものの、「それまでのルール」が崩壊し、新しい市場、新しい顧客、新しい世界を創ることができず、魅力的な製品やサービスを開発できなくなったのです。

その反対にアメリカやヨーロッパの新興企業が、世界を席巻するサービス、美しいデザインを体現し次々と創造性豊かな市場を創っていきました。

その差は何か?

池上さんは、「教養の差」といいます。

続けて言えば、

「自分の狭い専門分野の知識と経験しかなく、自分の外側に広がる世界を、人間そのものの心理や本性を、知り得なかったからです。言い換えれば「すぐに役に立つ知識」しか武器として持っていなかったから」とされています。

そうなってようやく「教養」の重要性に気づくのです。

「教養」というのは、「歴史・文学・哲学・心理学・芸術・生物学・数学・物理学」などのさまざまな分野を司った自然学、人間学、世界観を学ぶ大事な学問なのです。

「教養なきビジネスは何も新しいものを生まない」とまで言われてますし、「すぐに役立つものは、すぐに役に立たなくなる」と専門知識しか身に付けていないことを危惧する意見もあります。

コウカワシン

つまり、教養を身に付けることにより、これまでにない新しい何かを生み出さることができるということなのです。

だから、教養は一生かけて習得しても絶対損はないといえるのです。

教養を身に付けるには

専門外の分野を学ぶことから始める

さて、教養を身に付ける重要性は、わかりましたが、いったい何から手を付けたらいいのでしょうか?

池上さんは「自分の専門分野からなるべく遠い分野の学問に手を出すこと」をすすめています。

たとえば、

  • 物理学などの理系専攻なら、日本文学。
  • 歴史学などの文系専攻なら、数学。

といった感じで、自分の専門分野と関係のないもの学ぶと教養豊かになるそうです。

その利点は、「複眼的思考」が身につくからです。

複眼的思考とは

物事を様々な角度から捉えたり考えたりすること

「教養」は人格をも形成する
コウカワシン

複眼的思考を磨くことは人格形成にも役立ちます。

かつて高度経済成長のころ、日本の各地で、様々な公害が発生しました。

人々を幸せにするはずのテクノロジーが裏目に出てしまったからです。

最近でも、東日本大震災での東京電力福島原発の事故でも起こりました。

問われるのは現場の技術であり、その技術を担う技術者の生き方でした。

技術向上と同じくらい環境面に気を配っていたら・・・それは歴史からも学ぶべきだし、その周辺の地理地形、産業なども考慮するべきです。

福島原発事故では、発生時に陣頭指揮を執り独自の判断で適切に注水を行った所長さんは、過去の歴史で事故や災害から学んだ方でした。

ここでわかるのは専門技術の習得だけではなく専門外であってもその場の状況判断や過去の歴史などを照らし合わせれる能力ことなのです。

話は変わりますが、サリン事件を起こしたオウム真理教の幹部には理系専攻の出身者が多かったです。

彼らは理系教育の純粋培養が過ぎたため教養やら世間知に欠けていたとみる向きがあります。

だから、オウムのようなカルトに対して妄信し、あのような事件に加担してしまったのではないでしょうか。

したがって、専門分野の知識・研究成果の習得とともに「教養」を身に付けることで人間としてバランスのとれた人格形成ができるのです。

スティーブ・ジョブズの場合

アップル創業者のスティーブ・ジョブズは、もともとはバリバリの理系人間でした。

大学をドロップアウトして起業しアップル社創立。

その後、販売不振などの不運でアップル社を去ることになりますが、また返り咲きます。

新たに開発した携帯音楽プレーヤーiPodと音楽ダウンロードサービスiTunesは、ハードとソフト、コンピューターと家電の垣根を越えて普及し、iPhoneは、電話機があらゆる情報の受発信ツールになる時代を創りました。

大学をドロップアウトしたジョブズですが、大学で唯一ちゃんと学んだものがあります。それはカリグラフィーです。

カリグラフィーとは、

ペンによる西洋書道です。さまざまなレタリングをペンひとつで正確に描いていく手法で、印刷技術が普及してからはアートとして発展を遂げました。

(出典:calligraphy masters – handwriting. Written with a Leonardt IIIEF nib)

ジョブズは、大学をいったんドロップアウトしましたが、再び大学に戻ってカリグラフィーを学び直します。

コンピューターやITでもない、経営にも関係ないカリグラフィーですが、ジョブズは面白さにハマり傾倒していきます。

そして、こう言います。

「カリグラフィーが面白くてハマったから学んだ。そのおかげで、アップル初代コンピューター❝マッキントッシュ❞を生むことができた。文字フォントの見栄えに徹底的にこだわること。ユーザーインターフェースを妥協なくデザインすること。持って触って気持ちいい製品デザインを体現すること。カリグラフィーが私の原点だ」

一見、役に立ちそうもない「カリグラフィー」という教養学問が世界有数の企業を創り上げるきっかけにもなるのです。

誰もが憧れ手に取りたくなるアップル製品の秘密はここにあったのです。

ものごとを考える上での教養

2011年の東日本大震災で、道路が寸断されたり橋が落ちたりしました。

そのあとでどうするか、という時の思考体系は工学部と文学部哲学科では全く違うのだそうです。

工学部は、「どうやって迅速に復旧させるか」

哲学科は、「そもそもなぜインフラが壊されたか、どういう考えで復旧させるか」

この考え方の相違は、いろんな見方ができる有意義なものになるのではないでしょうか?

理系畑で、技術のみ習得し社会に出ていくよりは、人間としてあるべき考え方を身に付けるための教養は必ず重要な位置を占めるはずです。

本書からの学び

「教養とはあらゆる変化に対応する能力である」

「教養」を言い表す言葉があるとしたらこれではないでしょうか。

つまり、「今すぐ役に立たなくても必須にすべき課題」であるということなのです。

なぜなら教養は、「人を知る知識」ということだからです。

専門的知識は、すぐに役立つものですが、数年後にはトレンドが変わる恐れがある。

それならば専門知識を抑えつつ、知見を広げるために考えられる「教養」を身に付けるべきだと池上さんは言います。

ただの「モノ知り」に終わらず、人間性と社会性といった分野にも目を向けることがそれぞれの「生き方」に深く関わってくるということなのです。

コウカワシン

「教養」とは、「人を知る知識」・・・改めて奥深さを知り、大きな学びとなりました。

『池上彰の教養のススメ』感想・まとめ

21世紀は「実学」より「教養」がビジネスを生むと言われています。

というのも、ある一つの専門知識を習得しても、数年後には新しいテクノロジーが生まれ、今の知識だけでは対応できなくなります。

とはいっても、その新しいテクノロジーは必ず人間が関わります。

「人間学」ともいわれる「教養」は、どのような新しいテクノロジーに対しても下地になることは間違いありません。

なぜなら、1万年も前から現代まで人間の「脳」というものは、進化していないからです。

つまり、人間の歴史は繰り返すのです。

この考え方はアンデシュ・ハンセン氏の『スマホ脳』より学びました。

したがって、古典とも言われる「教養」は、先人たちの知恵が詰まった「人間学の教科書」なのです。

自分の可能性を広げる、知見を広げるためにも『池上彰の教養のススメ』を読んでみてください。

コウカワシン

最後までお読みいただきありがとうございます。

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この記事を書いた人

四国在住。
ミニマリスト。趣味は映画観賞と音楽鑑賞、読書、野球観戦。
映画は特に好き嫌いなくほとんどのジャンルーを観ます。音楽はジャズとクラシックが大好きです。読書は歴史書が好きでよく読みます。

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